8月15日(くもり)


9:40出発。
カーナビに湖畔の道を選ぶように指示して、まずは琵琶湖西岸の坂本を目指す。
風情ある風景を横に、まずは順調。

途中どうせなら安土城にも行こうと思いつき、カーナビに指示すると、え〜こんな道でいいの? みたいな道を平気で進ませる。
10:30細い道をぶつぶつ言いながら行くと、突然に安土城跡(の登り口)に着いた。
後から調べてみると、そこは百々橋口道とよばれる登り道で、もう少し進めば大手道から登れたようだ。

と、それはよいのだが、目の前にはごつごつした石段が続いている。
雨上がりの林の中は湿度が高く、ハアハアしながらも歩を進める。
ふと目を止めると、小さなかたつむりが石段の上をはっている。昨日に続いて今日もかたつむりを見た。

仁王門を過ぎて、ようやく林がとぎれて明るい空が見える場所が目の前に迫るが、息も絶え絶え、三歩進んでは息をつく始末。

ようやく開けた場所に出ると石垣の跡がある。
これが安土城の跡かと思うと、?ハ見寺の跡であった。
そこから琵琶湖の方角を見ると、西の湖が美しい光景を広げていた。

案内板を見ると、本丸跡はまだまだ先。汗はだらだら流れ落ち、足ががくがくする。(いちおう安土城に登ったことにして)本丸はあきらめることにする。

濡れて滑りやすい石段を、用心しながら下っていく。
あと十数段というところで、先ほどのかたつむりがいた。私が登って下りてくる間に、まだこれくらいしか進んでいないのか、と思って足を降ろした瞬間、
つるり! あれほど用心しながら下りてきたのに、最後の最後で滑ってしまった。
腰は打たなかったが、尾てい骨の少し上を打ったようだ。

石段に腰掛ける格好で無事を確かめていると、近所のおじさんが不思議そうに見上げながら、登り口の前を通り過ぎた。
そりゃそうだろう、濡れた石段に腰掛けているのだから。

たいした擦り傷もなく、登り口にある神社で泥を洗い落として、車を発進。
赤信号でブレーキを踏んでいると、膝が震える。ああ・・・

痛恨の石段


ハ見寺跡から見る西の湖の風景。
水没した住宅地ではありません。

琵琶湖大橋を渡り、12:30坂本着。
日吉大社の門前町として栄え、多くの庵もある。
明智光秀の弟が馬で湖水を渡り、ここで坂本を名乗り、それが龍馬の祖先だという伝説があったりする。

がそれはともかく、坂本といえば蕎麦である。
司馬遼太郎『街道を行く』にも出てくる。
古格な建物のそば屋が並んでいるがどちらだろうと、近い方に入る。

あ、まちがえちゃったぞ。
たぶんこれは違うぞ、だってこの時間なのに客が少ないぞ。
ざるそば大盛りも、なんだか普通。

そういえば、司馬遼太郎も間違えて美味しくない方に入ったと書いていた。
司馬先生のあとをしのぶということで、これでよしにする。

日吉大社の鳥居の写真を撮ろうとすると、レンズ部分がからからと音を立てる。
ファインダーをのぞくと、なんだかぼやけている。
先ほどの転倒の際に壊れたにちがいない。
ということで、坂本の写真はありません。
庵めぐりもありません。
小林秀雄の『無常といふこと』についても、書けません。

13:00過ぎ、ジャスコ西大津店で、替えのIXYデジタル(旧型)を購入。

カーナビに従って一般道で行く。
が、こちらの勘違いやタイミングの悪さから、なんどか住宅地の細道に迷い込む。

「左折レーンがあります」というカーナビの声が、「挫折レーンがあります」に聞こえてくる。

伏見の裏道を行く。
伏見の女性は細面できれいな人が老若問わず多い。
一般道というか裏道というか、走っているとそんなことが見えておもしろい。
このようにカメラは壊れた
もとの風景はこんな感じ

それがこんなふうに
さらに望遠にすると


15:00過ぎ、カーナビの画面に「天の川」の文字が表れる。
『伊勢物語』渚の院の段に登場する地名が、実際に目の前にある。
サークルKでお茶のペットボトル(小)を買って、そこから歩いて、その地点に向かう。

政敵藤原氏に追い落とされた業平、その舅紀有常、そして従兄弟に当たり、第一皇子でありながら皇位継承できなかった惟喬親王の三人が、水無瀬の離宮で、鬱勃たる思いを風流にまぎらせていた。

狩りという、現代風に言えば健康的なスポーツにはそれほど興味を示さず、お付きの者たちも含めて酒を飲み、歌を詠んでいた。

世のなかに絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし
となむよみたりける。また人の歌、
散ればこそいとゞ桜はめでたけれうき世になにか久しかるべき

爛漫と咲いている桜さえも、鬱勃たる気分を刺激するのである。
自分たちはこのように追いやられて、なす事もなく日々を過ごしている。それにくらべて、この桜を見ると、あの藤原氏の得意げな顔が浮かんでくる・・・・。
いやいや、この世に長続きするものはありません。桜だって、散るからこそ美しいのです。という言葉の裏に、桜になぞらえた藤原氏が散ればたいそうめでたい、という気分がある。

「交野を狩りて、天の河のほとりにいたるを題にて、歌よみて杯はさせ」とのたまうければ、かの馬頭よみて奉りける、
狩り暮らしたなばたつめに宿からむ天の河原に我は来にけり
親王歌をかヘすゞゝゝ誦じ給うて、返しえし給はず。紀有常御供に仕うまつれり。それがかヘし、
一とせにひとたび来ます君まてば宿かす人もあらじとぞ思ふ

こんな遊びばかりして、たまたま天の川に来たのだから、織り姫と一夜を伴にする光栄にあずかりましょう。
惟喬親王はうまく返歌ができないでいる。先ほどの桜の歌のやりとりの後、さらに「河岸」を変え、酒を運ばせてイヤというほど飲んだせいか。
いやいや、なにをおっしゃいます、その光栄は一年に一度来る殿、惟喬親王のものですよ。と叔父の有常が惟喬親王の気持ちを引き立てようとする。

あるじの親王、ゑひて入り給ひなむとす。十一日の月もかくれなむとすれば、かの馬頭のよめる、
あかなくにまだきも月のかくるゝか山の端にげて入れずもあらなむ
親王にかはり奉りて、紀有常、
おしなべて峯もたひらになりななむ山の端なくは月もいらじを

ここまでくれば、山の端が何を指すかは明らかであろう。藤原氏がいなければ、惟喬親王もこんなに酔いつぶれてしまうこともないのにと、歌っているのである。

こうして三通りの歌のやりとりを並べてみると、テーマが次第に超自然的になっているのがうかがえる。
話のスケールを大きくして、つまり法螺話をして、浮世の憂さを忘れようとするのは、今でもあるのではないか。
飲み屋で仕事の愚痴を言っているうちはまだいい。
皇族であり、貴族である彼らは、飼い殺しになり、一族の衰亡を手を拱いて見ているしかない。
残された別の道は出家のみである。
事実、この後惟喬親王は大原で出家する。皇族の「ごくつぶし」はこの道しか残されていない。
藤原氏に権力を奪われた紀有常と在原業平は、一族の滅びを耐えながら見つづけるだけだ。
織り姫に一夜の宿を借る、と言ってみたり、果てには山を動かすと言ってみたりする、そのスケールの大きさの中には、空虚が詰まっているのである。


現在の天の川はご覧のとおり


これが証拠だ

この川は天野川と名づけられ、淀川
に注いでいる。

この川のほとりで、業平たちは歌を詠
み交わしたのだろうか。

水無瀬から天の川まで、直線で約
8Kmほど。

徒歩でも二時間程度の距離である。
業平らは、馬を利用して移動してい
た。

禁野で狩りをし、渚で花見をし、日が
暮れてもなお天の川まで行ったので
あるが、夜が更けても帰れる距離で
あろう。

カーナビの勝手な指示に従いながら、更に車を進める。
東大阪市は司馬遼太郎も言っているように、雑然とした庶民の町である。
道も、カーナビがわざとそんな道を選ぶのか、生活道路みたいな道ばかりで、自転車に乗ったご老人が平気で前を横切る。
「司馬遼太郎記念館」に近づいたあたりで、またまた住宅街で迷う。
しかも行き止まりで、バックのまま細いカーブを二つ曲がらねばならなかった。
そのうえ、その角には家の住人が石を埋めてあり、注意していたのにバーンと乗り上げてしまった。幸い車に別状なかったが。

16:15「司馬遼太郎記念館」着。
17:00閉館で、16:30入館締め切りなので、ぎりぎりの到着。

係の人がボランティアで、こちらから挨拶をしたくなる親しい雰囲気がある。

司馬遼太郎の書斎がそのまま残されている部屋を見ながら、庭を進んでいくと、人を自然に吸い込んでいくようなエントランスがある。

館内の中心は、壁いちめんの本棚。2万冊収めてあるということだが、司馬遼太郎の蔵書は約4万冊。
半分でも、圧倒的な景観である。
『街道を行く』の取材で使った、書き込みのある地図が展示してあり、うれしい思いで眺めた。

観覧者もファンが多いらしく、くつろいだ親しみのある雰囲気が館内にあった。

記念館を出ると、そこは普通の住宅街で、一人の物知りで一言言いのおっさんであった司馬遼太郎には、まことにふさわしい。

「司馬遼太郎記念館」の入り口には表札が掲げられている。

書斎

エントランス

再びカーナビの言いなりで、堺に向かう。
大きい道は3車線あるが、1車線は必ず駐車車両がある。

17:50ホテルサンルート堺着。

夕食は、あれこれ歩き回ったが、「いわし舟」で。
アナゴ天ぷら、イワシ天ぷら、コーンバター、ナンキン煮物、じゃこ飯。
イワシは広島のより一回り大きい。じゃこ飯はなかなか。
生ビール1杯、日本酒大1本。
ちょっと厳しい顔つきのカウンターの中のお兄さんが、注文たのんだら、溶けるような笑顔になった。

飲んでいるうちに首筋がこって、頭痛がし出す。
安土城で疲れたのだろう。

歩いて帰る途中、山乃口商店街(アーケード)で「ecstacy」という、「tabacco-free」のタバコ(?)を自販機で買う。
内容は、wild lettuce,catnip,passion flower,mugwort,sage,yeba santa,guarana,mint。
「ecstacy」とは反語か? まあいいや。

今夜の気づき。その町の雰囲気は、そこの住人にもうかがえるが、飲み屋さんの店員さんによりよくうかがえる。


飲み屋さん発見!
と思って近づいたら、文字屋さんでし
た。

看板や提灯に文字を入れるのだそ
う。

ここは居酒屋ではありませんと、入り
口に書いてあったが、じゃあなぜこん
な外装に?

今日の走行距離:158.6Km
今日のBGM:Twins/Jaco Pstorius Big Band


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