2005年8月13日(土) 曇のち晴

10時前に出発。明石海峡大橋を渡る。


 神戸淡路鳴門自動車道を北淡ICで下りて、11時過ぎ、五色町都志に到着。

 高田屋嘉兵衛の紋が入った建物がある。写真を撮ってみたが、表へ回ってみると公衆トイレだった。

 「高田屋嘉兵衛翁記念館」に。他に客もなく、15分ほどのビデオを見終えると、係の婦人が丁寧に説明してくれる。小さな資料館だが、いくつかの原資料もあり、見ごたえはあると言って良い。

 この町に到着したときから、大きな音で音頭が流れている。話によると14・15日と第26回高田屋嘉兵衛まつりがあるそうで、よく聞くと三波春夫の歌う高田屋嘉兵衛の歌である。

 しかしながら、大音量で一日中流されているのかとやれやれと思いながら出発しようとすると、ぱたりと止んだ。



高田屋の紋が入ったトイレ

嘉兵衛さんの像。漫画っぽい。愛さ
れている証拠?
 播磨灘沿いの県道をゆく。じつに海が広い。若い日の嘉兵衛が憬れを育てた海の景色。

播磨灘を望む

 西淡三原ICから再び自動車道に入り、大鳴門橋を渡って四国に入る。鳴門北ICから鳴門ICまで渋滞があったが、あとはスムースに、さぬき三木ICで下りて、13時40分頃、03年にも行った「ザ・うどん べつばら」で昼食。

 近年広島にも多くの讃岐うどん店ができ、それぞれに味を競っているが、ここで食べてみるとその違いに驚く。
 まず、舌触りというか口触りにエッジがある。うどんの四角い断面の角が口中と舌をくすぐり、それを歯が噛み切るときに快感が走る。
 やはり、ここでのうどんは、他の地域とは別物だ。大げさに言うと文化が違う。

 ぶっかけ大とげそ天、メンチカツをたのむ、と言うか自分で取る。半熟卵とポテトサラダとスイカが無料で置いてある。取り放題。半熟卵をうどんにのせ、ポテトサラダもいただく。
 舌もお腹も満足。



大鳴門橋


ぶっかけ大

 高松西ICから再び自動車道にはいり、倉敷を目指す。

15時前、与島SAに立ち寄る。曇り空も晴れて、瀬戸内の海が美しい。



観光船「咸臨丸」

16時頃、倉敷に到着。

 美観地区を散策。観光客であふれかえっているが、堀沿いの風情は人の多さを何ともしない。

 大原美術館に入る。

 ヴァランタン・ド・スビオレ「聖アンヌの祭日」のパンを持つ二人の老修道女が印象的である。キリストの肉体であるパンの籠を捧げ持つ、深く皺の刻まれた表情。キリストの肉体は常に新しく、キリストに生涯を捧げて老いていく現身。背景には暗い中人々が集っている。

 シャルル・コッテの画が数枚掛かっている。まず「老馬」が心ひく。「セゴヴィアの夕景」の薄茜に染まった建物。なぜか軽い反発心を覚える。あるいは軽いいら立ち。何らかの自分との共通点があるのかと、考えてみる。

 絵画は、何をどう描くか、という表現である。画材と画家との戯れや格闘というものは隠されている。それは絵画にとどまらずすべての表現がそうである。そのことが私に反発心やいら立ちをもたらす。カンバスや筆や絵の具、楽器や音そのもの、言葉そのもの、そういったものに私は表現者としての興味を覚える。

 コッテの画が、なぜ私のそうしたものを喚起したのかわからない。飛び抜けて上手いとは言えない技巧? 定まらない視点、心の視点というものが、その画にあるのだろうか。何を描き伝えようとするのかつかめなかったからだろうか。

 ミュージアム・ショップに立ち寄る。モジリアニとダリの置物がある。心ひかれたが買わなかった。


 アイビースクエアに行き、ひととおり美観地区を回って宿を取る。二三フロントで訪ねるが空室がなかったり高すぎたりで、電話で当たってみると東横インが安くてあった。

 倉敷のアーケード街をうろつく。狭いアーケード通りに人があふれている。浴衣を着た人もおり、どうやら土曜夜市の最終日ということらしい。

 「瀬戸内海鮮料理 白壁」に入る。穴子天ぷら、鰆刺身、ままかりにぎり鮨、ちんたい貝酒蒸し、燗酒3合。どれも美味い。

今日の走行距離=約230Km



ちんたい貝(酒蒸し)
鎮台の兵士の格好をしているから。
地元では「ちんでぇ」と言うらしい。

今日のリンク
明石海峡大橋
五色町
鳴門大橋
べつばら
讃岐うどん遍路 べつばら
与島島データ
倉敷
倉敷市
大原美術館
倉敷名物土曜夜市
白壁
ちんたい貝
ままかり寿司

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