幼稚園から小学校へ上がった年、ふと小学校の裏門からまっすぐのびる道をたどってみようと思いました。まっすぐな道をずっと歩いていくと、いつのまにか微妙に曲がっていて、振り返ってももう裏門は見えません。どこへ行くのだろうという好奇心だけで、不安も感じずにいました。・・・道はまっすぐなんだから、まっすぐ帰ればいいんだ。
 やがて着いたところは、この前まで通っていた隣町の幼稚園でした。懐かしい先生に声をかけられて動転した私は、あいさつもせずに道をひきかえしました。ところが。動転した私は、まっすぐな道に不安を感じ曲がり角をまがってしまったのです。その先にあったのは、この前まで通園に使っていた私鉄の線路でした。
 道を見失った私は、動転に動転を重ねて、まっすぐのびる線路だけがたよりでした。泣く思いで線路を歩いて、家にたどり着いたのでした。
 さらに小学3年生のころ、放課後家に帰ってから町内を走る国道2号線をたどって、片道1時間ばかり歩いていました。何とも気持ちよくて、何度も歩いた覚えがあります。
 どこかにたどり着くことではなく、移動する過程が楽しくて、その想いはいつまでも変わらず、やがて、オープンカーを友として旅をするようになりました。
 オープンカーに乗る前は、50CCのバイクでした。そのころはまだ旅はしていませんでしたが、体全体でバランスを取り空気を切る感覚は、まさに、移動する快感でした。
 そうした、「移動する快感」を感じさせてくれるオープンカーでした旅を、ここに記録しました。


夏 の 旅*  (下線)は宿泊地 click!
NEW 2007年 大阪

2005年 龍野-姫路-明石-都志-高松-与島-倉敷-岡山-総社

2004年 明石-須磨-住之江-高師浜-吉野-初瀬-橿原-奈良-木津-宇治-逢坂-京都-福知山-綾部-嵐山-猪
名川-有馬-高砂

2003年 岡崎-彦根-坂本-東大阪-

2002年 富山-松本-上田-前橋-東京(竜泉・浅草・本郷)-京都

2001年 松阪伊賀上野-伊勢−熊野−新宮−熊野−十津川−五条−柏原

2000年 香川美霞洞温泉−剣山−高知 工事中

1999年 水俣−坊津−鹿屋椎葉柳川

1998年 関ヶ原−大垣−郡上八幡−高山−富山敦賀

1997年 高松−小松島−和歌山−御坊−龍神−高野−橿原−法隆寺

その他の旅 click!

2006年 「わただ」をさがせ(最終回)

2004年 和多田をたずねて唐津へ行って本屋を探した

2004年 加古川彷徨

2003年 「津和野をかすめて萩へ行き、仙崎・下関で金子みすずを考えた」の旅

2003年 「讃岐うどん食いたい!」の旅

2003年 「綿田をさがせ」の旅 その2

2001年 鳥取、余部、高梁の旅

2000年 「綿田をさがせ」の旅 その1

1999年 草津の旅
旅の友
マツダ ロードスター

雑誌で見たweb tune factoryにアクセスすると、自分の好みにカスタマイズできることがわ
かった。Eunosロードスターのファンも多いが、マツダ・ロードスターはグラマラスな曲線が
RX

-7に近く、色気を感じていた。
1800cc、6MT、オーディオにはKENWOODのMP3もかかるコンポを積んだ。左サイドには
「web tune@Roadster」のエンブレムがついている。
この車もエンジンとボディのバランスがよく考えられていて、軽々と動く。ビートのミッドシッ

と違い、フロント・ミッドシップで静寂性は高い。

(2001/7/29〜  )

2003年5月、Carozzeriaハードディスクナビを搭載。

MAZDA ROADSTER
ホンダ ビート

軽自動車ではあるが、エンジンとボディーのバランスがよいせいか非力さは全くない。納

時に高速道を走って思わずにんまりしたほど。
デフォルトでは灰皿さえつかない、走って曲がって止まることだけに徹した車。
655cc、5MT。灰皿、ライター、オーディオ、ドアスピーカー、フロントスピーカー、リアキャリ

をオプション付加
バブルが生んだ車と言えるが、日本の名車には違いない。製造中止がくやまれる。

(1993/5〜2001/6;走行100000Km+)

 

HONDA BEAT
Digital Still Cameras
EPSONCP-100
OLYMPUSCL-1400L
OLYMPUSE-10
SONYCLIE PEG-NZ90
CanonIXY DIGITAL 200
RolleiflexMini Digi
CanonIXY DIGITAL L3
OLYMPUSE-410

Digital Video Camera
PANASONICNV-DJ100